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2015 年 9 月 17 日

勧める その2 - 一流の営業

 人に物事を勧めること、自分の意見を通そうとすること、結果として相手に協力を求めること、それらの行為は、同時に断られる機会が増えることでもある。それでもそのことをやめない。その本質はどこにあるのか。

 例えば、営業セールスである。仕事だから、仕方なくやっているというのでは不幸だ。
私もかつて不動産会社でやっていた。企画開発業務と兼務していたので、それだけをしていたわけではないが、マンションの販売は金額が大きいだけにプレッシャーがあった。不動産の購入を勧める、お客さまにはことごとく断られる。せめて説明だけでも聞いてほしいものだが、話すらも聞いてもらえない人は大勢いる。
 用地交渉も経験した。その世界は、俗にセンミツというのだと先輩に聞いた。1000件のお客さまに接して、3件の契約が成立すれば上等という意味だ。自虐的な意味を含んだ言い方だと思った。

 営業も交渉も、何かを勧める意味で、本質は変わらないのではないかと思う。そのことを自覚していることが仕事への価値だと思う。
 他人に勧めることの本質は、そのことが相手、地域、社会、少なくとも自分以外の誰かのプラスになると信じることだ。営業行為や提案行為、用地交渉など、仕事だからといえばそのとおりだが、結果として相手、地域、社会のためになる、だからこちらの主張を受けとめてほしいという、その信念なのだ。
 さらにその前提として大切なことは、自分が勧めるものに自信を持つ、心の底から惚れ込むことだろう。そのことに尽きるのではないだろうか。
 松下電器を創業した松下幸之助氏は、自社製品を発売する際には、その製品を抱いて寝たという。すると愛着が湧いて、何とかその製品が世の中に認められてほしいという気持ちになるのだという。心から惚れ込んだ物事を勧める、信念なのだろう。自分の勧める物事に疑問を感じていては、気持ちも萎える。

 こちらがめるすべての物事については、それがベストかどうかは分からない。他のものと比べて相対的にベターだとも限らない。営業で自分の勧めようとする商品やシステムが本当に他社のものより優れている保証はない。他社のほうが良いということは往々にしてある。
 しかし、すべての面において、どこから光を当てても一方の商品が良いということはない。また、劣っているということもない。もしそういうことならば、価格を調整してその面での優位性を訴えるしかない。
 営業の仕事では、自分の好きなものばかりを売るわけにもいかない現実はある。要は考え方である。自社の商品は劣っている点もあるかもしれないが、この部分は他社の商品より良いと惚れ込むことだろう。そのことをお客さまに分かってもらえれば、必ず理解してくれる人もいるはずだ。

 かつて私の担当していたマンションだって、他社のものと比べて圧倒的に優位なものであったかどうかは疑問だ。決して高級物件ではなかったが、そこそこの価格と立地で、購入したお客さまは喜んで引っ越してくれた。自動車だって、その車のすべてが他社のものより優れていることはない。性能やデザインの好みは人によって違う。
 そこには、割り切りも必要だ。納得できるものだけを目指していたら、営業社員は毎度毎度、転職しなければならない。

 私は研修、講演の講師として仕事をしており、営業、事務を社員にお願いしている。私は自分で私の講義が世界一素晴らしいなどとは思っていない。偉ぶった講義はしたくないと思っていて空廻りし、時々それを指摘されて批判も受ける。
 当社の所属講師もしかり。どこから光を当てても非の打ちどころのない講師などいない。しかし、これだけは信じている。それは、当社の講師の人柄の良さである。人の前に立つものは、まずもって人格者であるべきだ。亡くなったM講師から学んだ。教育的なテクニックも必要だろうが、何よりも人格、人柄の良さである。
 当社の講師には、家庭の主婦もいる。受講者とは、キャリアも違えば考え方も違だろう。しかし、意見は違っても人格は必ず人と人を結びつける。そういう意味で、当社の講師は素直、善意であり、他人の価値観を受け入れることができる。私も、頭が下がる、本当に善意をもった人格者だ。それだけは、信じている。だから、多くの方に話を聞いてほしいのだ。
 もっと活躍の場を提供したいし、当社の講師に触れる人々を増やしたいのである。そのことを信じて、お客さまにお勧めする。事実受講者の評判も良い。
 当社の事業は、一流の営業である。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )